様々なビジネスモデルの中でも、「無料」の強みを活かしたビジネスモデルが多くの成功を収めています。
今回はその中のフリーミアムモデルについて、そのメリット、フリーミアム利用時の課題、うまく利用する方法についてご紹介します。
フリーミアムとは
フリーミアムとは、「フリー=無料」と「プレミアム=割増」をひとつにした合成語で、ビジネスモデルである「フリー戦略」のひとつです。
基本的なサービスは無料で提供するが、より高機能なサービスを利用しようとすると有料となる、といったものがフリーミアムにあたります。
主にウェブサービスやスマホアプリなど「無形のデジタル提供物」で見られますが、この理由については「4.フリーミアム利用時の課題」の「4-3.サービスや商品によって向き不向きがある」で詳しくご紹介します。
フリーミアムには主に3つのパターンがあり、それぞれ、
- 機能の制限(追加機能、既存機能の強化、ゲームの課金アイテムなど)
- 利用上限(データ使用量の制限、ストレージ利用量の制限など)
- サポートの制限(プラン事に適用されるカスタマーサポートなどが変わる)
があります。
無料トライアルとフリーミアムは同じものとして書かれていることも多いですが、本ページでは別のものとして取扱います。
理由は、それぞれ別の特徴とメリットを持っていると考えられるためです。
無料トライアルは、ユーザーにサービスの全て、もしくはサービスのほとんどを提供しますが、期間限定で終了するため、利益につながらないライトユーザーに対してサポートを続ける必要がありません。
また、無料トライアル登録時にクレジットカードの登録を必須にすることで、有料ユーザー化の割合を比較的高くできるという特徴も持っています。
フリーミアムは、無料で一部の機能を利用でき、その登録にクレジットカードの登録なども必要としないことがほとんどのため、無料トライアルよりも気軽にユーザーが利用を開始できます。
しかし、利益に繋がらないライトユーザーに対してもサポートを続けなければならないため、有料ユーザーになってもらうための工夫が必要となります。
期限 | 機能制限 | クレジットカード登録 | |
無料トライアル | あり | なし | 必要 |
フリーミアム | なし | あり | 不要 |
フリー戦略には様々なものがあり、本ページの「5-3.フリーミアムだけでなく他のフリー戦略の利用も考えてみる」の項では、フリーミアムとは別に3つのフリー戦略について解説していますので、ぜひ最後までご覧ください。
フリーミアムのメリット
フリーミアムのメリットを一言で表すと、ユーザーへの入り口が広くなるということです。
お客様から見れば、無料で一定のサービスを受けることができるため、気兼ねなく利用を開始することができるのです。
この「お客様への入り口が広くなる」ということは、ただ単にユーザーの獲得量を増やすというメリットだけではありません。
実際にサービスを利用したユーザーから、使用感などのフィードバックを得ることができるため、サービスの改善点やどこを評価されて利用していただいているのかなどが分かりやすくなります。
無料のユーザーであっても口コミは期待できるため、ユーザーの数が増えればそれだけ口コミの数の増加にも期待できます。
ユーザーのニーズに合わせいくつかのプランを用意し、ユーザーが必要なものだけを利用できるという環境を作ることも簡単にできるため、この部分も大きなメリットとなります。
無料の魅力
「2.フリーミアムのメリット」で、「無料で一定のサービスを受けることができるため、気兼ねなく利用を開始できる」と書きましたが、無料にはどれほどの力があるのでしょうか。
人々が「無料」というものにいかに魅力を感じているのかは、行動経済学者であるダン・アリエリー著の「予想どおりに不合理」の中に書かれています。
著者は「無料」というものが、人間の判断に「不合理」な影響を与えているのかを確認するために、ある実験をアメリカで行いました。
それは、いたって単純な「公共の場でチョコを売る」という実験です。
著者は初めに、「高級チョコ(リンツ、通常:約30セント/個)」を15セントで、「庶民的なチョコ(ハーシー、通常:約4セント/個)」を1セントで売り出しました。
この二つを見ると「高級チョコ」の方が値段の差額が大きく、得であることが分かります。
これを見た多くの人が「合理的」な選択を行い、約73%の人が高級チョコを、残りの約27%の人が庶民的なチョコを選びました。
次に、「高級チョコ」を14セントに、「庶民的なチョコ」を無料で売り出しました。
すると高級チョコを選んだ人は約31%に減り、庶民的なチョコを選んだ人が約69%に増えました。
これは「不合理」な判断であるように見えます。
しかし、人々は「無料」を前にするとその魅力から「不合理」な判断をしてしまうようです。
この本では他にも様々な方法で無料がいかに人々にとって魅力的で、「不合理」な判断を下すのか書かれています。
なぜこのような行動を人々は取ってしまうのか?
著者は「人間が失うことを本質的に恐れるからではないか」と考えています。
実験では、「無料」と「有料」を対比させることで、無料がいかに魅力的なのかを確認しました。
これは一見、フリーミアムなどのフリー戦略とは直接的な関係が無いように見えます。
しかし、情報化社会である現代では、人々が意思決定するとき、インターネットを利用して常に情報を集め比較しています。
その時、無料で一部の機能が利用できたり、一定期間無料で利用できるというのは、人々にとって非常に魅力的に映るはずです。
フリーミアム利用時の課題
ここまでのフリーミアムの説明でも気付かれた方もいるかと思いますが、「無料で提供する」というフリーミアムの特性上、いくつかのデメリットがあります。
今回はそのデメリットを4つご紹介します。
無料と有料のラインの見極めが難しい
フリーミアムは無料と有料のラインをうまく引くことで、ユーザーを集めながら収益を挙げるというビジネスモデルです。
フリーミアムというビジネスモデルで成功するためのキモは、このラインをどこに設定するのかというところになりますが、見極めが非常に難しくなっています。
無料でできることを増やしすぎると、無料のサービスだけで利用者が満足してしまい、課金してもらえなくなってしまいます。
かといって、無料でできることが少なすぎると、ユーザーを集めることが難しくなってしまいます。
そのため、痒い所に手が「ギリギリ届かない」設計を心掛けなければなりません。
成功にはこの「痒い所にギリギリ手が届かない設計」が必須であるにもかかわらず、難易度が高いところがデメリットのひとつとして挙げられます。
ユーザーの定着が難しい
なぜユーザーの定着が難しくなるのかというと、それは入り口(エントリー)が無料であることにポイントがあります。
エントリーが無料だと、利用者は「お金を払っていないから、いつやめても失うものはない」という感覚を持ちます。
そのため、無料利用の範囲が極端に狭かったり、そもそもサービスとしてクオリティの高いものでなければ、簡単に利用者は離れていってしまいます。
4-1で説明したことと被る部分もありますが、ユーザーを定着させるためには「無料でもある程度の機能は使えること」と「純粋なサービスのクオリティ」が重要となってきます。
サービスや商品によって向き不向きがある
このページの冒頭でも説明した通り、フリーミアムはサービスの一部を無料で提供することで、お客様への入り口を広げ、集客を行うというビジネスモデルであり、「無形のもの」に適しているとされています。
これは、「サービスの一部を無料化する」ということがポイントになっています。
この小節の冒頭で「無形のものに適している」と書きましたが、厳密には「複製にコストがかからないもの」が適しているとされています。
これは、提供するサービス量が増えても、それほどコストがかからないためです。
サービスの量が増えることがコスト面でのネックとならないと、ユーザーの数を集めれば集めるだけ利益が出ます。
無料での利用者がどれだけ増えようと、一定の割合で有料の利用者がいれば、それだけで利益を出せるのです。
一方「有形のもの(食品など)」でフリーミアムを使おうとすると、無料でサービスを提供するにもコストがかかります。
このコストはユーザーの数に比例して大きくなるため、無料で利用するユーザーの数が増えれば増えるだけコストがかかるようになります。
そのため、3-1で書いた「無料と有料のライン設定」が非常にシビアになります。
こういったことから、サービスや商品によって向き不向きがあると言われているのです。
収益化まで時間がかかる
フリーミアムの特性上、最初は無料でサービスなどを提供することになります。
そのため、収益化までにはタイムラグがあるということもデメリットのひとつとして挙げられます。
3-3で「複製が容易なもの」がフリーミアムに向いていると書きましたが、「複製が容易なもの」であっても提供するコストは一定数かかるため、これを補えるだけの準備がなければフリーミアム導入は難しいでしょう。
フリーミアムをうまく利用するためには
フリーミアムはうまく利用すれば、爆発的にユーザーを増やすことができる可能性のある素晴らしいビジネスモデルです。
しかし、簡単に利用できるビジネスモデルというわけではありません。
うまく利用するためには、知っておかなければいけないポイントが3つあります。
デメリットで挙げた4点を押さえた上でのビジネスプランの設計
「4.フリーミアムのデメリット」で挙げた、4つのポイントをしっかり理解し、押さえた上でのビジネスプランの設計が必要となります。
そのために、自社のサービスや商品を見直して、フリーミアムモデルを利用できるか適合性を確認し、そのうえで収益化までの時間を補えるだけの準備ができるかを判断します。
ここが過ぎれば次は、一番のポイントとなる「無料と有料のライン設定」をしていきます。
これも取り扱うサービスや商品によって適切なポイントは変わってくるため、自社のサービス・商品のことを深く理解し、どこが一番良いラインとなるのか考えなければなりません。
また、このラインは場合によっては導入後に切り替えることも可能なため、常に最善を探し続けることも求められます。
例としてひとつ挙げると、NYタイムズのフリーミアム導入事例が挙げられます。
NYタイムズは2011年にフリーミアムを取り入れた当初、無料で20記事まで無料で閲覧できるようにしていました。
しかし、購読者の数が伸び悩んだため、無料で読める記事の数を10本に変更したところ購読者の数が爆発的に伸びたと言われています。
(ソース:Harvard Business Review – Making “Freemium” Work)
この例のように、フリーミアムというビジネスモデルでは、サービスや商品のクオリティが高ければ、あとは「無料と有料のライン設定」だけで成功するかどうかが決まると言っても過言ではありません。
「有料にする理由」をきっちり作る
フリーミアムは、取り扱うサービスや商品によって変わりますが、「有料会員の割合が5%」というラインが損益分岐的になると、クリス・アンダーソン著「〈無料〉からお金を生み出す新戦略(p.330)」に書かれています。
しかし、無料で集客しているため、ユーザーの多くが「お金を払う」ということ自体に抵抗を覚えます。
これにより、わずか5%の有料会員を集めることも難しくなってしまうのです。
そのため、「有料にする理由」をきっちり作っておくことが重要となるのです。
有料にする理由とは、
「制限によるストレスをなくしたい」
「自分の都合に合わせて利用したい」
「よりよいサービスを受けたい」
「得をしたい」
といった、ユーザーの欲求を引き出すような一定の制限を設けることで生み出します。
そのために、自社のユーザーが、
「どんな利便性を求めて利用しているのか」
「お金を払ってでも利用したくなるものは何か」
「お金を払ってでもメリットに感じるものは何か」
といったことを分析する必要があります。
ユーザーの欲求を正しく分析し、理解することで、ユーザーが有料にする理由をきっちり作ることができるのです。
ユーザーが有料にする理由が分かれば、「無料と有料のラインの設定」もより効果的に決定できるようになります。
フリーミアムだけでなく他のフリー戦略の利用も考えてみる
フリーミアムには適しているサービスや商品があると書きましたが、フリー戦略はフリーミアムだけではありません。
また、フリーミアムに適しているサービスや商品であっても、他のフリー戦略の方がより適合性が高い場合もあります。
そのため、他のフリー戦略の利用も一度考えてみることで新たな戦略を見つけることができるかもしれません。
ここではフリー戦略の代表例として、「無料トライアル」と「直接的内部相互補助」、そして「三者間市場」の3つをご紹介します。
「無料トライアル」
無料トライアルは、フリーミアムと似ていますが、無料トライアルは「有料版と同じ機能」を「期間限定」で利用できるという違いがあります。
定められた期間が過ぎれば、利用することはできなくなり、有料登録するか、利用をやめるかという選択を迫られます。
この、「有料登録か利用停止か」の選択を迫るという部分を活かすために、登録のタイミングでクレジットカードを登録させ、一定期間が過ぎれば自動で更新する、などといった手法もあり、フリーミアムと比べて有料登録する確率は高いと言われています。
「直接的内部相互補助(ジレットモデル)」
直接的内部相互補助とは、商品やサービスの一部を無料で提供し、そのコストを有料の商品やサービスでカバーするというビジネスモデルになります。
例としてよく挙げられるのは、少し前までの通信会社です。
通信会社は携帯電話本体の料金を無料にし、その代わりに一定期間の通信契約を結ぶことで携帯電話本体のコストをカバーしています。
直接的内部相互補助と全く同じではありませんが、似た例としてジレットモデルが挙げられることもあります。
カミソリを販売していたジレットは、カミソリの柄の部分を無料で配り、替え刃を有料にしたことで業績を伸ばしたことは有名です。
このジレットモデルこそが、フリー戦略の元祖であるとされています。
また、レストランのテーブルの上に並べられている調味料や、スーパーの駐車場など、集客に貢献しているわけではないものも、無料であれば直接的内部相互補助に当たるとすることもあります。
「三者間市場」
三者間市場とは、サービスや商品を受け取る人とは違う人が収益をもたらすビジネスモデルです。
例として挙げられるのはGoogleなどの検索エンジンとクレジットカードです。
検索エンジンの利用者はインターネットで検索しても、お金は取られません。
では、企業はどこから収益を得ているのかというと、検索結果に表示される広告などで収益を得ています。
また、クレジットカードも多くの場合利用者に手数料がかからず、加盟店が手数料を支払うという形を取っているため、三者間市場であると言えます。
フリーミアムはこれら3つのフリー戦略と比べ、新しいマーケティング戦略ではありますが、「フリーミアム×無料トライアル」や「フリーミアム×三者間市場」のような、新しいフリー戦略と古いフリー戦略を掛け合わせた新たなフリー戦略もどんどん生まれています。
まとめ
フリーミアムモデルとは、サービスや商品の一部を無料で提供することで、ユーザーに対しての入り口を広げ、ユーザーの増加を図るフリー戦略のひとつです。
フリーミアムを導入することでユーザーが増えること以外にも、より多くのフィードバックがもらえることもメリットとして挙げられます。
しかし、無料と有料の境目をどこに設定するかが難しく、「無料」であることが逆効果となりユーザーの定着が難しくなるなど、簡単に導入できる戦略ではありません。
それどころか、収益化までのタイムラグ、サービスや商品によって向き不向きがあること知らずに、簡単な気持ちで導入してしまうと、大きな損失を生んでしまう可能性すらあります。
また、フリー戦略は、フリーミアム以外にもいくつかあり、自社のサービスや商品によって適切なものは変わります。
様々なフリー戦略を掛け合わせた新たなフリー戦略が生み出されるなど、これからの社会では、無料で提供されるものがどんどん増加し、フリー戦略をうまく利用できなければ収益化が全く見込めないような分野も生まれてくるかもしれません。
そういった世の中に対応していくためにも、フリー戦略を含めた様々なマーケティング戦略にアンテナを張り巡らせ、常に新しい情報を取り入れる、ということを心掛けていきましょう。